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甲子園の「トーナメント」制の弊害。エディー・ジョーンズが日本のスポーツ界へ提言

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甲子園の「トーナメント」制の弊害。エディー・ジョーンズが日本のスポーツ界へ提言

名将エディー・ジョーンズ「THE ANSWER」というウェブメディアの取材に答えています。

日本の勝利至上主義、トーナメント制、甲子園 ラグビー名将エディー氏がそのすべてを語る

テーマは「日本の勝利至上主義とトーナメント制の是非」について。旧態然とした日本のスポーツ界・指導者への鋭い批判と提言があふれている内容の濃いインタビューでした。

あらためてラグビークランチがポイントをまとめてみたいと思います。

ポイント①指導者は「監督」であってはダメ

原辰徳巨人軍「監督」、森保一サッカー日本代表「監督」…と日本のスポーツチームにおいて多くの場合、トップの指導者は「監督」という名称で呼ばれます。対して欧米では「ヘッドコーチ」と呼ばれます。エディー氏も現在の肩書はイングランド代表「ヘッドコーチ」です。両者は何が違うのか。

「監督」とは英語で「ディレクター(Director)」のこと。つまり、何をするべきか指図する人を意味します。もちろん、コーチもチームの指揮を執りますが、今はより「ガイド(Guide)」に近い「導く」という役割が求められています。何が重要なのか、どうしたら上達するのか、コーチが子どもたちを導く。「コーチ=監督」の時代から「コーチ=助言者、メンター」という時代に変わってきたのです。世界的に見ても、今は大きな転換期にあるでしょう。

私が東海大の指導者として日本にやってきた時、オーストラリアと大きな違いがあることに驚きました。日本ではコーチが選手の上に立つ構図ですが、オーストラリアではコーチと選手の立場は同じ、共に歩んでいくイメージでした。

「監督」は、選手より一段高い目線に立って命令を与える人というイメージがあります。

「コーチ、ヘッドコーチ」はもう少し、選手に寄り添って共に伴走する、正しい方向性を与える助言者のような存在。

エディー氏は、スポーツ指導者は後者のようであるべきと考えています。

ポイント②甲子園に代表される「トーナメント制」の弊害

エディー氏は学生スポーツにおける「トーナメント制」の弊害にも踏み込んでいます。甲子園を観て思ったこととして、

高校最後の年に全国各地から世代のトップが一堂に会するトーナメントは、選手たちにとって大きな意味を持つのではないかと思います。ただ、甲子園に至るまでの過程は、地域でリーグ戦などを行い、チーム全員が試合経験を積むことが大切でしょう。

と、表向きは甲子園を持ち上げていますが、暗に一発トーナメントの過程で、試合の絶対数が足りていないことを示唆しています。対策案として、リーグ戦などを提言しています。

筆者も高校時代ラグビー部に所属していましたが、1年時はチームがとても弱く、春と秋の大会でそれぞれ1回戦負けで、新人戦を除くと公式戦はたったの2試合だけ!という状況でした。やはり試合で得るものは大きく、もっと絶対的な試合数を増やして欲しかったと思っています。

ツイッターでも反応が続々

エディー氏の意見に賛同する人は多く、ツイッターでも反応が寄せられていました。

ラグビー関係者だけでなく、他のスポーツまたビジネスマンが読んでも刺さるものがあるのではないでしょうか。

 

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