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聖地「秩父宮ラグビー場」名前の由来とその未来は

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聖地「秩父宮ラグビー場」名前の由来とその未来は

東京・青山の一等地にある「秩父宮ラグビー場」は、日本では数少ないラグビー専用競技場です。

日本代表戦から大学ラグビーまで。各カテゴリーの熱戦がここで繰り広げられます。

ラグビーの聖地であり、ラガーマンであれば一度はここ秩父宮でプレーすることを夢見るあこがれの場所でもあります。

ところでこの「秩父宮」という名前はどこから来ているのでしょうか?「秩父宮」という地名はありません。ここではその由来と歩みをまとめます。

皇族「秩父宮雍仁親王」にちなむ

競技場の名前は皇族の秩父宮雍仁(やすひと)親王からきています。大正天皇の第二皇男子にあたる人物です。

▲「スポーツの宮様」秩父宮雍仁親王

この秩父宮様はスキー、ラグビー等スポーツの振興に尽くし「スポーツの宮様」と呼ばれました。

もともと秩父宮ラグビー競技場は1947年に「東京ラグビー場」として完成しました。

秩父宮様はスタジアム建設を見守り、鹿島建設の関係者に「 ラグビー協会は貧乏だからよろしくたのむ」と頭を下げたというエピソードも残っています。

また1952年にオックスフォード大学が来日し、試合を行った際もグラウンドに降り選手一人一人に握手をしたそうです。

秩父宮様はその翌年の1953年、50歳の若さで逝去することになります。

同年その秩父宮様の生前のラグビー振興への尽力に敬意を表し「秩父宮ラグビー場」と改称されたのです。

競技場の歩み

  • 1947年「東京ラグビー場」として完成
  • 1952年 秩父宮様逝去。「秩父宮ラグビー場」と改称
  • 1962年 国立競技場に移管
  • 1963年 夜間照明及びメインスタンドの屋根の設置
  • 1964年 東京オリンピックでサッカー競技の会場して使用
  • 1971年 新クラブハウス完成
  • 1976年 メインスタンドの改修工事が完了。2万人以上を収容可に
  • 1978年 人工芝練習場が完成
  • 1980年 南側スタンド新設。収容人数2万3500人に
  • 1986年 バックスタンド中心に改修。3万人以上を収容可に
  • 2003年 電光表示設備設置工事
  • 2009年 ラウンジ、アイスバスの設置
  • 2023円 新ラクビー場建て替え着工?

ちなみに秩父宮ラグビー場では2019年ワールドカップの試合は行われませんでした。現状開催されるか、不透明ですが当初の予定では東京五輪・パラリンピック終了後に建て替えが行われるとのことです。

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